なな色の空 nanaironos.exblog.jp

自然も人も共に奏であい、素敵な空色になりますように・・。


by kanae
プロフィールを見る
画像一覧
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

<   2012年 05月 ( 15 )   > この月の画像一覧

放射広域がれき処理

(速報)北九州報告・・島田市と併せて






(思想を含まず、科学的に整理しました)


北九州市で瓦礫が焼却されました。前後の線量率変化を整理してみます。まず観測点1では、次のようになったようです。


焼却開始前の線量率 北九州市民家  最低0.05―平均0.06―最高0.09μS/h
2012年5月23日から24日   日明焼却場で瓦礫焼却
同年   5月24日から25日   新門司焼却場で瓦礫焼却
焼却後線量率    北九州同一箇所  最高0.14μS/h


・・・・・・・・・
北九州市はやや自然放射線が高いところですが、福島原発事故前は0.04μS/hだったと推定されます。従って、事故後、いろいろなものが運搬されて約1.5倍になっていると思われます。それに今回、瓦礫を焼却したので、データからはさらに少し上がっています。推定では2倍程度になったと考えられます。


すぐ逃げなければならないということはありませんが、瓦礫の焼却は中止した方が良いでしょう。


・・・・・・・・・
一方、他地区に先行して瓦礫焼却を行った島田市ではセシウムの漏洩が見られています。






この表は実測を元に島田市の方が計算したもので、瓦礫の中に含まれるセシウム137が34.3万ベクレル、そのうち、最終的に無管理状態で空気中に飛散したのが11.2万ベクレルで、捕捉率は32.7%で、瓦礫の中に含まれていたセシウムの約3分の1が島田市の大気に出ています。


一般ゴミの場合の固形物の捕捉率は99.9%ですから、セシウムが捕捉しにくいことがわかります。セシウム134はこれより少し少なく、ストロンチウム、プルトニウムは測定されていません。


また、島田市の瓦礫焼却による島田市の空気中の放射線量については、京都大学の方が測定を行っており、次のグラフが公開されています。






これによりますと、島田市の松葉に付着した放射性セシウム量は焼却によって平均1キログラムあたり3ベクレルほど上昇しています。牧之原市、静岡市については変化が少なく、ハッキリはわかりません。


以上のことから、島田市においても瓦礫の焼却を続けると汚染の拡大が心配されます。特にセシウムの他にストロンチウムやプルトニウムを含むものが東北の海岸線などからもたらされた場合の影響はまったく不明です。


・・・・・・・・・


瓦礫の中には放射性物質が含まれており、受け入れ瓦礫ばかりで無く処理プラント(放射性物質を取り扱う許可を得ていないプラント)内で1キロ100ベクレルを超えることは法律的に認められていません。従って、北九州市も島田市も法律違反であることは間違いありません。


文科省が公開している1キロ100ベクレル(正式には1年10μS/h)を超えるものを扱った場合の罰則を文科省の図をそのまま示しておきます。






このように「福島原発以前」なら、北九州市長も島田市長も懲役か罰金になる可能性のある行為ということになります。今朝、テレビを見ていましたら、「瓦礫の搬出に反対する人は論理的ではない」との発言がありましたが、その理由は「測定しているから」ということですが、測定値を見ると「法律違反」ですから、「お上が測定しているから、庶民は文句を言うな」というのでは封建主義のようなものです。


瓦礫を引きうけるとその土地が汚染されるのは当然で、「東北の人の恩に報いるために、自分たちの子どもを被曝させる」ということですから、まさに「国のために死んでくれ」を連発した戦争前に戻ったようです。


なお、福島のお母さんは「自分たちの苦しみを他県のお母さんに経験させたくない」と瓦礫の搬出に反対しています。誰のために、何のためにやっているのか、市長の腹の中が見えるようです。





(平成24年5月25日)


「tdyno.92-(9:22).mp3」をダウンロード


武田邦彦
[PR]
by nanaironosora-k | 2012-05-31 22:43
村上日苗さんの手記
2012.02.20 Monday | category:できることからはじめよう!僕らはみんな地球人
先日、講演を聴いた村上真平さんの奥さま日苗さんの手記


皆様へ

私たち家族は、三重県伊賀市に避難しています。
飯舘村のように水がきれいで、人口が少ない地域でゆったりしています。
6月にはホタルが田畑に舞い、とても美しいです。
自然豊かなところで子供たちは元気にすごしています。
田畑がまわりにありますが、サルの被害が多く、飯舘村のように家の前で作物を作ることはたいへん難しいです。

こうして三重に来て3か月になりますが、いつも福島のこと、飯舘村のことを考えています。
私自身に時々おそってくる不安、悲しみ、精神的ショックはいえることなく、時々涙があふれます。
でも子供たちの笑顔に支えられて1日1日をなんとか生きています。
人のぬくもり、つながりをとてもありがたく思っています。

私は福島が飯舘村が大好きです。
みんなのぬくもり、あたたかさ、大地といつもともにある生き方、すてきな笑顔、みんなみんな大好きです。


もっと 飯舘村でくらしていたかった

もっと 飯舘村のたくさんの方々と出会いたかった

もっと なな色の空のレストランをしていたかった

もっと お客様の喜ぶ顔をみていたかった

もっと 田畑をたのしみたかった

もっと 子供たちと遊びたかった


また  来年も子供たちと一緒にあけびとりに行きたかった

また  来年も子供たちと栗拾いがしたかった

まだ  行ったことのない山の中を歩いて自然を感じていたかった


もっと たくさんの空をながめていたかった

もっと たくさんの移りゆく季節を感じていたかった

もっと もっと たくさんの思い出をつくりたかった


うまれたばかりの3人目の子とはじめてのおさんぽがしたかった

もっと たくさんの笑顔と幸せを分かち合いたかった

ずっとそこに住めると思ってた。

おじいちゃん おばあちゃんに なるまで

私はずっと飯舘村で暮らすんだって思ってた。

ずっと変わらないと思ってた。
これからもこの幸せは続いてゆくのだと信じてた。

でもあの日からすべてが突然なくなってしまった。

心を込めて育てた野菜は、放射能に汚染されてしまった。

子供たちと植えたたくさんの果樹とブルーベリーも。

自宅出産した子供のお祝いに植えた桜の木も。

毎年子供たちとたのしみにしていた原木しいたけも。

開墾した田んぼや畑も。

子供たちが大好きだった森のブランコも。

私の大切な大切な夫の真平さんに手作りしてもらった なな色の空のレストランも。

みんなで楽しんだ石釜も。

今年の冬に村のちえこさんに手とり足とり教えてもらって作って外に干しておいた凍みもちも。

研修生の子たちと一生懸命作った凍み大根も。

雨の日も風の日も夏の暑い日も 外へ出て一生懸命研修生とみんなで育てた 今年の春までに大切に食べようと思って土にいけておいた大切な野菜たちも。

そしてわたしたちをはぐくんでくれた 山々、木々、小川、水、空気、大地、虫たち、草花たち、小鳥たち、動物たち、

すべて目に見えない放射能に汚染されてしまいました。

人が大切にしていたものを そして宝物のような 村人たちの笑顔を きずなを すべてひきさいて こわれてしまいました。

きのうまで幸せな暮らしがあったのに ある日突然一瞬にして その幸せが奪われました。

こんなに こんなに 悲しすぎることはありません。

悲しくて 悲しくて 悔しくて 悔しくてたまりません。

この現実は 決してあってはならないことです。

こんなにもすべてを奪ってまで 一瞬でひとの幸せを不幸にしてまで 原発は必要でしょうか?

電気を使うのに こんなにたくさんの悲しみが必要でしょうか?

人の命と引き換えに原発が必要でしょうか?


私たちは これから 今日を 今をどう生きてゆくのか 選択しなければなりません。

私たちは 今まで 原発は こんなに 恐ろしいものだと知りませんでした。

でも 私たちは 本当の 恐ろしさを 知りました。

だからこそ伝えていかなければ 変えていかなければ 


原発のない福島へ 原発のない国へ そして世界へ。

今、夫の真平さんは、フランスをはじめ多くの日本各地で呼ばれて講演をしています。

本当のことを伝え まず 1人1人の意識を変えることが大切だと思ったからです。

この1年のうちに伝えることがとても大切だと感じています。


今 私にできることからはじめることが大切だと思います。

1人1人が 今できることは何かを求めたら 小さな答えがきっと見つかります。

その1つ1つの小さな答えを行動に移していったら きっと世の中が変わります。

原発のない福島へ 自然エネルギーの転換へ なれると思います。

みんなでつながって かえてゆきましょう。

明るい未来のために。


どうぞ 皆様のもとに 1つでも多くの星の輝きが ふりそそがれますように・・・・


なな色の空
村上 日苗 

2011.6.11
[PR]
by nanaironosora-k | 2012-05-25 11:40 | 日苗のおもい

福島の子どもたちに捧ぐ

子ども達の未来のために(福島の子ども達に捧ぐ)/PM
ユーチュ-ブでなな色の空での飯舘村こどもたちの動画見れます。

www.youtube.com/watch?v=T7PuK0YSe60
2012/01/03 - アップロード元: purele


写真は、福島県の飯舘村にある「なな色の空」の村上さんご一家に提供いただきました。村上さんご一家は、震災の後、原発事故が起こった直後に、飯舘村から避難され、現在は三重県伊賀市にて避難生活を送っていらっしゃいます。この写真にも写っています農園、レストラン、そして建て前が終わったところの家屋もすべて一瞬にして失うこととなりました。そんな境遇の中でも、自らの被災の経験を各地で講演し、原発のない優しい社会の実現に向け精力的に活動を続けてみえます。また、自らも被災者であるにもかかわらず、飯館村に取り残されている方々に向け三重で採れた安全で新鮮な野菜を送ったり、また、三重に疎開をされてきた方々を支援する活動をされていらっしゃいます。是非皆さんにもその活動を知って頂きたくてここに書かせて頂きました。村上さんのプロフィールや活動歴などは「なな色の空」のホームページをご覧下さい。3月11日のこともリアルに書かれていらっしゃいます。私達PMは、福島を応援しています。脱原発を目指しています。みんなが自然や人に優しい社会の実現を目指して、これからも音楽や日々の活動を一生懸命頑張っていきたいと思っています。 www.nanaironosora.sakura.ne.jp なな色のそら ホームページ


☆PMファーストアルバム「LOVE&PEACE」 2011.11.27release 発売元:LemonTレーベル定価1000円(税込) このアルバムの売り上げの50%が被災地の子ども達への支援金として寄付されます<収録曲> 1.I'm fine thank you 2.ワンピース3.おしえて Favorite thing 4.LOVE&PEACE 5.子ども達の未来のために6.ありがとう☆試聴用ユーチューブ☆ youtu.be ☆ご注文用メールフォーム☆ (全国無料発送) パソコン用フォームws.formzu.net 携帯電話用フォームws.formzu.net ☆PMフェイスブックページ☆ www ...
Recent Updated: 4 months ago - View Count: 284 - Rating: 5 - Created by purele - View

Copyright and permission to use should be sought to the author - purele
[PR]
by nanaironosora-k | 2012-05-25 11:10 |

本がでました

3・11原発震災 福島住民の証言
San ten ichiichi genpatsushinsai


ロシナンテ社:編
発行:解放出版社 この版元の本一覧
A5判 115ページ 並製
定価:1,200円+税 総額を計算する
ISBN 978-4-7592-6750-1 C0036

奥付の初版発行年月:2012年03月 書店発売日:2012年03月10日
解放出版社の本は当サイトではご購入できません。直接お問い合わせください(解放出版社のウェブサイト→http://kaihou-s.com//解放出版社の電話番号→06-6581-8542)。また、「他のオンライン書店で購入」から購入することもできます。
タグ: 東日本大震災

タグは版元ドットコム事務局で編集することがあります。
あらかじめご了承下さい。




他のオンライン書店で購入※リンク先の書店では、お取り扱いしていない場合があります。あらかじめご了承ください
アマゾン(在庫あり。)|HonyaClub.com|紀伊國屋BookWeb|ブックサービス|honto|セブンネットショッピング|e-hon|楽天ブックス(在庫あり)|文教堂Jbooks|ライブドアブックス|丸善&ジュンク堂書店|HMV
書店の店頭在庫を確認
紀伊國屋書店(新宿本店)|ジュンク堂書店|旭屋倶楽部|三省堂書店・岩波ブックセンター|丸善|TSUTAYA|東京都書店案内

紹介
2011年3月11日午後2時46分。日本の時間が止まりました。東日本大震災。その影響で福島第一原発はメルトダウンからメルトスルー。広がる深刻な放射能汚染。その下で考え、行動し生き抜こうとする福島住民の証言録。

目次
原発事故避難日記 たくき よしみつ
子どもたちを放射能から守りたいんです! 中手 聖一
原発難民から「原発棄民」へ ―福島県で起こっていること 佐藤 和良
あ、ぼくはもう飯舘村に帰れないんだ 村上 真平
耕し続けていくしかない ―放射能汚染と闘う農民 菅野 正寿
ふくしま ―ここに生きるということ 有馬 克子
3・11から9ヶ月、そして今 ―原発とは共存できない 橘 柳子
むすびにかえて ロシナンテ社

著者プロフィール
ロシナンテ社(ロシナンテシャ)
たくき よしみつ
作家・作曲家 震災当時 川内村在住

中手 聖一
子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク代表

佐藤 和良
いわき市議会議員

村上 真平
なな色の空 飯舘村から避難

菅野 正寿
NPOゆうきの里とうわ ふるさとづくり協議会 二本松市在住

有馬 克子
銀河のほとり 須賀川市在住

橘 柳子
震災当時 浪江町在住

上記内容は本書刊行時のものです。
解放出版社の本は当サイトではご購入できません。直接お問い合わせください(解放出版社のウェブサイト→http://kaihou-s.com//解放出版社の電話番号→06-6581-8542)。また、「他のオンライン書店で購入」から購入することもできます。
[PR]
by nanaironosora-k | 2012-05-25 10:28
この記事はブログのファンのみ閲覧できます

[PR]
by nanaironosora-k | 2012-05-25 09:48

福島の母親たちより

瓦礫の受け入れに反対をしてください。~福島の母親たちより~
2012-03-30


瓦礫の受け入れに反対をしてください。
     ~福島の母親たちより~

            2012.03.24




『今年は復興元年』

『瓦礫の処理が進まないことが復興を妨げている』


北九州へ避難した友人ばかりではなく

各地へ避難した母親たちが、瓦礫の問題で苦悩の日々を過ごしています。

避難しても尚、気の休まる暇がないばかりか

地元の住民の方々との意識の違いで孤独感を抱え

福島にいて散々苦労してきたことを、
また繰り返さなければならない彼女たちの現状を思うと

胸が締め付けられる思いでいっぱいになります。


難しい分析や見解などは専門家の方にお任せ致します。



瓦礫の受け入れをすることによって

その後起こりうるであろう暮らしの変化や

放射能と共に暮らすということがどんな心情を伴うかということを

母親の立場で書かせて頂きたいと思います。




1年という月日の中で学んだことはたくさんあります。


本当のことは後から分かるということ。

細心の注意を払わないということは自ら被曝を受け入れることと同じだということ。


目を光らせていなければ、いろんなことはどんどんなし崩しになっていきます。


1年が経ったから大丈夫なんだという、なんとなくの流れが私たちの周りを囲んでいます。


何事もなかったということにしたいという思いが見え隠れし


原発事故って、こんなに軽いものなのだったの?と、
あまりの終わった感でいっぱいの空気に脱力感でいっぱいになります。


私たちの悲しみに目を向けて、
同情をして、分かち合いをして下さるのなら

瓦礫を受け入れるのではなく

どうか、私たちの変わってしまった日常に目を向けて下さい。


季節ごとの楽しみは悲しみに変わりました。

これらはもう元には戻りません。


子どもたちに『さわっちゃダメよ!毒だよ!』と
自然を敵のように言わなければならないことはとても悲しいことです。

大好きなお花摘みもできなくなりました。

草の上を転がりながら遊ぶ子どもたちの様子を、
目を細めながら眺める日々は戻っては来ません。


震災以降、私たちは『心穏やかに過ごす』という精神を失ってしまいました。

目の前にあるものは被曝の原因となるものかもしれず

子どもの行為ひとつひとつが危険を伴う行為かも知れない

そんな中で心穏やかにいるということは、とても難しいことです。


神経質な母親だからではありません。


それは、自分が子どもの成長に責任がある存在だということを、
強く意識すればこそのことです。

私たちを、ひとくくりにしないでください。

不安定さは認めますが、
意味もなく不安に駆られているわけではありません。

ここにとどまったとしても、できる限りの安全を確保したい

それを日常の中で持続させ続けることは大変なことです。

心の休息を取らなければ、まいってしまうというのが正直なところです。


しかし、現状はといえば

震災以降、安全を確保するために努力をしている人たちは

県外の安心と思われる食材を取り寄せ、水も購入し、
使い捨てのマスクも常にストックし

休みの日はなるべく遠くへ出かけ


被曝がどれほどのものだったのだろうかと実費で検査をし

その出費をムダ遣いだと夫に叱られながらも

何度も検査を続ける母親の気持は悲しみでいっぱいです。


家計は見事に火の車

そのためには今まで以上に家計を切り詰め、働かなくてはなりません。

心の余裕どころか経済的な余裕すらなくなってしまい

それが心の窮屈さに繋がってしまっていることも事実です。


常に何かに追い詰められているような日々


学校からのお便りが届くたびに出るため息・・・

『ああ、なんだか原発事故なんてなかったかのよう・・・。
放射能に注意を払うような内容なんてどこにも見当たらない・・・』

教育の現場が、できる限りの策を常に考えて、
子どもたちを全力で守ってくれるであろうという

私たちの予想は見事に外れたというショック・・・

このショックはいまだに癒えていません。

当たり前に戻そうとする勢いに、
不安を抱く母親の疲れは更に膨らんでいくのです。

それを共有できている人は幸せなほうです。

未だに一人ぼっちで悩みを抱えながらいる母親に

私は会いたいと思うのですが

それもなかなかできていないかもしれません。


安心の度合いは人それぞれなので押し付けることはできません。

こんな教育委員会の言葉に、私は首をかしげます。

押しつけではなく、共通認識として、
大人が子どもを守るという姿勢を見せるのが
教育現場としてのあるべき姿なのではないでしょうか?


教育現場とのやり取りで、
どれだけの母親たちが傷付いて涙を流していることでしょう・・・

先日、子どもたちを放射能から守る
全国ネットワーク主催のサミットに出席した際に

『子どもの人権』という言葉を目にしました。

とても大きく心が反応しました。

守られるべき子どもの人権が守られていないという現状。

まだまだ埋もれていますが

各現場での対応がどうであったのか

取り上げれば大問題になるであろう事例は山ほどあります。

私自身、震災以降、各家庭の線量を測定しながら、
各教育現場がどんな対応をしているのかを聞き取りしてきましたが

耳を疑うような話は本当にたくさんあり

母親たちの涙をたくさん見てきました。

そんなことが許されるのかと、本当に悔しさを噛みしめてきました。


みなさんに、私たちのような思いをしてほしくはありません。


私たちの現状を知って下さい。

毎日毎日が、今までとはまるで違ってしまいました。


この空虚な思いは、なかなか伝わらないでしょうが

ほんの少しでもイメージをしてみて下さい。


分断という言葉をよく耳にしますが

意識の違いが生み出す分断は想像以上のものです。


放射能に敏感でいるということが、イコール、こそこそと身を守るという

なんともおかしなことになっているのです。


私自身は堂々としているつもりではありますが

風評被害という言葉がここに存在する以上は

ほとんどの人たちはNOという言葉を上げられないのです。


今までは有難いお付き合いであったことが今はそうではない・・・

頂き物をどうするかという、気まずい話もよく聞きます。


例えば、収穫の秋、自宅で採れた柿で干し柿を作るということは

本当に素晴らしい伝統的な食の楽しみであって

歓声を上げながら柿を取って

縁側に腰をおろして家族総出で皮を剥いて

干し柿作りをする光景などは、今までならほのぼのとした秋の風物詩でした。


放射線量が高い福島市。私の実家でも、例年通りに干し柿を作りました。

それが届いた時の気持ち・・・


柿の線量は高いということは食品測定所のデータで知っていました。

干している場所も高濃度汚染地域です。


親であっても意識は異なり

説明しても通じることばかりではありません。


これを食べるか食べないか


こんなことがずっと続いています。

これはごくごく小さな、ほんの一例にすぎません。

とにかく今までとは、全てが違うのです。



これ以上汚染を広めることはしてはいけません。


どうか瓦礫の受け入れにはNO!と言って下さい。


真実は後から知っては遅いのです。


私たちの悲しみを無駄にしないでください。



失ってから気づくことの多さに

私たちは途方に暮れています。

痛み分けなど、私たちは望んではいません。

同じ思いをしてほしくはないのです。


防ごうと思えば防げることを

どうか積極的に考えて頂きたいのです。


汚染された後に、どんなことになるのか

具体的なことはあまり伝わっていないのでイメージができない

遠方から届くそんな言葉を受けて

ごくごく日常にある、私たちの暮らしや思いを、
ここに書かせて頂きました。


これをお伝えすることは、私の友人たちも望んでいることです。


子どもを守るために苦労している、福島の母親たちからの祈るような思いが

少しでも伝わりますように・・・。








        出典 : 瓦礫の受け入れに反対をしてください。
              ~福島の母親たちより~
[PR]
by nanaironosora-k | 2012-05-25 09:39
「がれき受け入れないで」 市民団体が伊賀・名張両市に要望書提出

編集部 (2012年5月24日 14:37)
 東日本大震災で生じた震災廃棄物(がれき)の広域処理に対し、伊賀地域で活動する市民団体の母子ら約40人が5月24日、伊賀・名張両市役所を訪問し、がれきの焼却や焼却灰の受け入れをしないよう求める要望書と公開質問状を、内保博仁伊賀市長と亀井利克名張市長宛てに提出した。【市職員に要望書を提出する草部代表(奥)と子どもを抱えながら手紙を手渡す村上代表(手前)=伊賀市上野丸之内で】

 要望書は、名張市の子育てサークル「つながる食を考える会『こどもとごはん』」と、震災後に福島や栃木、茨城から伊賀市内に避難した家族らによる被災者支援団体「なな色の空」の連名で提出。19団体と個人15人も賛同した。

 同サークルの草部豊美代表(45)が手渡した公開質問書の内容は、震災後の焼却灰の受け入れ状況や生活環境に与える影響への認識、風評被害や健康被害が出た場合の補償についてなど7項目。また、支援団体の村上日苗代表(39)は、避難住民から預かった手紙10通のうちの一部を涙声で読み上げた。

 応対した名張市の菅生治郎秘書室長は「皆さんから頂いた要望と気持ちを市長に伝える。(質問状は)できるだけ早い時期に回答する」と答え、亀井市長は「今後、処理施設を有する伊賀市と共同歩調をとりながら、市民の安全・安心の確保、風評被害の防止など、市民の皆さんの理解を得ながら慎重な取り 組みを行ってまいります」とのコメントを出した。

 伊賀市の富岡通郎住民生活調整監は「要望を真摯に受け止め、市長と担当課に伝え、返答します」と答えた。
[PR]
by nanaironosora-k | 2012-05-24 21:06
明日、名張市役所、伊賀市役所に、行きます。
提出する要望書はこちらです。



平成24年5月24日
名張市長 亀井 利克 様
伊賀市長 内保 博仁 様
つながる食を考える会「こどもとごはん」
代表 草部 豊美
被災者支援「なな色の空」
代表 村上 日苗

震災がれき受け入れに関する要望書および公開質問状

日頃、行政の方々には、子ども達を健全に育成するためにご尽力いただき、心より感謝申し上げます。
「こどもとごはん」は子どもを育てている母親達を中心とした集まりです。子ども達が健やかに育ち、楽しくつながり合って育児・育自するためにはどうしたらよいのかを、「食」という切り口で活動を続けております。
「なな色の空」は被災者支援の会です。私たちも福島県飯館村から原発禍のために伊賀に避難してきました。他の避難してきた方々の心のよりどころとなるべく、様々な活動をしています。放射能で今も悩み苦しみ続けている東北の方々の受け入れもしています。同時に、三重の放射能の心配の要らない安心して食べることのできる野菜を、福島へ贈っています。
4月に三重県が震災がれきを受け入れることを表明し、協定書が締結されました。私たちはこのことを大変憂慮しています。
震災がれきの放射能汚染がまず心配されました。そこでいろいろ調べてみると、がれきは放射能だけでなく、ダイオキシンやアスベストや重金属など、様々な汚染が予測されることを知りました。伊賀には大変大きな最終処分場があります。三重県内の他市町村だけでなく、県外からも、焼却灰が運ばれてきて、埋め立てられています。このままでは、放射能や有害物質により、水や土が汚染されてしまうことでしょう。
また、広域処理そのものが問題であり、多額の税金を費やすのに、被災地の雇用にも収入にもならず、原発事故により避難してきた方々にとってはさらなる不安を強いられる政策ということも分ってきました。
伊賀の最大の財産は命を育む豊かな大地、水、空気です。そのおかげで安心して子どもを育てられます。その大地が育む、安心な野菜やお米を、被災地に送ること、日頃のびのびと屋外で遊ぶことのできない子ども達を、長期休暇などに受け入れること、放射能の不安におびえて暮らすことから逃れたい方々の受け入れ先になること、これは原発のない三重だからこそできる、すばらしい被災地支援です。がれきを受け入れてしまっては、この支援はできなくなってしまいます。

そこで、私たちは以下のことを要望します。

1.震災がれきを焼却しないでください。
2.震災がれきの焼却灰を受け入れないでください。
3.普通ごみの焼却灰についても、放射能汚染されたものは受け入れないでください。

また、以下のことを質問いたします。

1.震災後の焼却灰受け入れ状況を教えてください。(いつ、どこから、どんな、放射能検査の有無など)
2.がれきや焼却灰を受け入れることで、水や土壌や空気が、放射能や有害物質に汚染される、という認識はありますか? 
3. 汚染されているか確かめるための検査体制をどのように確立される予定ですか? どんな機器をどこに何台設置するかを教えてください。
4.汚染されているかもしれない農作物は、検査しないまま出荷することが困難になってきます。受け入れるとなったら、検査機器等は市が負担してくださるのでしょうか? 
5.今までは「東北産でないから大丈夫」という理由で、検査されていなかった給食食材について、きちんと各校に置いて検査できる体制を整えてくださるのでしょうか?
6.汚染されていなくても、風評被害により、伊賀地域の農作物(伊賀牛や伊賀米、青連寺のぶどう、美旗のメロンなど)、伊賀の観光(赤目四十八滝や青連寺湖、青山高原、忍者)にダメージがあった場合は、どのように補償なさるおつもりですか? 
7.風評被害だけでなく、実際に汚染されて農作物を作れない、観光客を呼び込めない状態に陥った場合、どのように補償なさるおつもりですか?

 他にもお尋ねしたいことはありますが、まずは以上7点に絞ります。
 この公開質問への回答は平成24 年5月30日までにお願い致します。期限までに御回答いただけない場合もその旨ご連絡ください。質問の内容や御回答やその過程について、各種メディア、インターネットを通じて公開予定であることを申し添えます。

 震災がれきの広域処理は、本当の意味での被災地支援にはなりません。繰り返しますが、私たちができる最大の支援は、安心な食料を供給できる基地となること、被災地の子どもたちの放射能による健康被害を緩和するため療養できる汚染のない土地を守ること、です。
子どもたちが安心して暮らせる大地を残したい、そう強く希望します。
どうぞ両市長におかれましては、今年来年のことではなく、10年、20年、ひいては100年先の名張・伊賀地域のことを考えた御判断をしていただけますようお願い申し上げます。
[PR]
by nanaironosora-k | 2012-05-23 22:56

みんなの思いを届けよう

5月24日、土よう日9時、名張市役所に集合です。
がれき受け入れ反対の要望書と、みなさんの
思いを届けます。要望書に賛同していただける方
、緊急募集です。時間のある方は、伊賀市役所に
も、そのあしで、いきましょう。

なにもしなくちゃ,なにも変わらない。一人のちから
はちいさいけれど、とても、おおきな
おおきな意味を持つ。子供の未来を守りたい。
自然豊かな大地に、ありがとう。いつまでも、感謝
の気持ちでいきてゆきたい。

日苗
[PR]
by nanaironosora-k | 2012-05-23 00:08

れき受け入れ反対署名

放射能がれき受け入れ反対 三重 

企画者: 小崎 真也
提出先: 三重県知事、各自治体首長
開始日: 2012年04月02日
三重県知事、および三重県の各地方自治体首長が放射能を帯びたがれきを受け入れようとしています。
汚染を拡大させる広域処理は法的根拠が無いだけでなく、島田市の燃焼実験の結果からも放射能が濃縮されて飛散し、処理施設の従業員や自然を汚染、無辜の住民の財産や健康を損なうことは明らかです。
また一兆円を超える復興予算は苦難の時にある岩手・宮城・福島の人々の為に使われるべきもので、仮置き場に片付いたがれきの処理・運搬費用として受け入れ先の収入となることは道義的にも許されることではありません。
汚染の拡大と、愚かな政策に断固反対を唱えるべく、署名をお願いします



この署名プロジェクトのURL

このURLをTwitter・ブログ・メールで紹介しましょう。
※携帯サイトの署名プロジェクトURLはヘルプをご確認下さい。
この署名プロジェクトをブログパーツで紹介(サンプルイメージ)
EUC-JPShift JISUTF-8

この署名プロジェクトを友達に教える
会員登録すれば、署名活動紹介メールが簡単に送れます。
署名プロジェクト詳細

カテゴリー社会
目標署名数10,000
現在の署名数1,026


署名プロジェクトの詳細

東日本大震災および津波によって岩手・宮城・福島県の海岸付近一体は生活の基盤から破壊されました。
家を流され、仕事先を流され、家族さえ流された方が大勢いらっしゃいます。
がれきとは、3月10日までその人々の家庭や生活を支えた、思い出の詰まったもの。
それをゴミと一緒に焼くことは道義的に正しいこととは思えません。
もし粉塵や悪臭の害を防ぐため、あるいは復興のために処理しなければならないとしても、
その中にはアスベスト、ヒ素、六価クロム、PCBなどの特別管理産業廃棄物、
化学物質、重金属が含まれており完全に分別できません。
なにより、放射能が付着しています。

東北地方は広大ですが、東電の原発由来の放射能はヨーロッパでも確認されており、
量の多少を問わず、問題のがれきには付着しています。
そして、低線量であっても燃やすことで濃縮し、燃やせば燃やすほど総量は増えていきます。
ダイオキシン用のバグフィルターでも99.9%を捕捉し、放射能は拡散しないと環境庁は説明していますが、
根拠となる実験が曖昧な上に、バグフィルター製造元の10社は放射性物質は除去できないと証言しています。
なにより、実際に燃焼実験した静岡県島田市の結果により、およそ4割が拡散して島田市とその周辺を汚染したことが判明しました。
その量、10トンの燃焼で10万ベクレルを超えます。
運搬時の検査はあくまでサンプル検査で、しかも平均であるため濃度は一定ではないものを、
2000万トン燃やせばどうなるか。

放射能は花粉や埃のようなものなので、広く浅くつもり、風で舞い上がって鼻や口から体内に入ります。
また汚染された土壌や水を介して動植物に浸透し、食肉や野菜など食品となって人体に入ります。
一旦体内に入れば放射能を遮るものはなく、排出されるまで体内の細胞を破壊し続けます。
結果、チェルノブイリ近郊で見られたように、心筋梗塞や脳卒中に寄る突然死が多発し、新生児に無脳症などの死産、あるいは片腕がないなどの奇形が多数見られるようになることでしょう。
放射能といえばガンを連想しますが、セシウムは脳、心臓、生殖器に蓄積するからです。
ほかにもプルトニウム・ストロンチウムなどの有害な核種が様々な病気を引き起こし、
住民は死亡、あるいは病気となり、動ける人間は転出、その上で莫大な賠償金の請求。
しかし、過去の公害訴訟でみられたように国は責任を認めず、被害者は困窮のまま死を迎えることでしょう。

それが福島県はじめ東日本のみならず、西日本、三重県でも起こるのです。

つまり、この結果が出てなお、がれきの拡散、焼却処理を推し進めるのは、憲法で保証された基本的人権、健康、財産を犯す行為にほかなりません。
原発事故前、国際機関IAEAの基準に基づき、放射性セシウム濃度が1kgあたり100ベクレルを超える場合は、特別な管理下に置かれ、低レベル放射性廃棄物処分場に封じ込めてきました。
拡散を防止して集中管理するとは専門家による世界的な合意なのです。
日本においても原子力規制法では、原子力施設内における放射性廃棄物の処置として、放射性セシウムでは100ベクレル/Kgをクリアランスレベルと定め、それ以上の汚染物を放射性廃棄物と規定、資格を持つ取扱管理者以外がこれを移動することも、放射性廃棄物最終処分場以外に廃棄することも固く禁止しています。
それが事故後、説明も根拠の明示もないままに従来の基準の80倍である8000ベクレルにまで基準値を引き上げられ、全国に拡散し、通常のゴミと同様に燃焼し、放射能の専門知識も技能も装備もないままに処理させようとしています。
結果、周辺のみならず大気や水の循環によって汚染は拡大し、農業、漁業、畜産業、観光業は深刻な損害を蒙るでしょう。
実際に群馬県伊勢崎市では焼却灰が雨によって流出して周辺や河から海へと流れだして汚染し、東京都では焼却場の職員が被曝しています。
これは放射能汚染を拡散する行為に他ならず、原子力発電所の事故以上の愚行です。

また、運搬費用や1トンあたり5万円から10万円と言われる処理費用は、処理した自治体が被災地に請求します。
中には新規で建造する焼却場の建築費用まで要求する自治体もあるようですが、それらは本来、家や仕事場や家族を流されて苦難の時にある人々のために使われるべきお金です。
西日本の自治体の財政赤字やごみ問題の解決、あるいは産業廃棄物処理業者の利益のために使っていいお金では決してありません。

がれきは動かさない・燃やさないの鉄則と法規制に従い、穴を掘って遺漏に備えた上で埋め、根を深く張る樹を植えて堤防あるいはメモリアルパークとし、その費用は東京電力、あるいは西日本の自治体が請け負うべきです。
また、西日本が受け入れるべきは避難や移住を希望する人々であり、また安全な食料生産や義援金によって生活基盤や産業の復興を支援することではないでしょうか。
札幌市、高山市、あるいは徳島県、滋賀県など国の誤った政策に断固とした反対を述べている自治体もあります。
放射能を無視して「被災地がれき」とさも安全なように口にし、二言目には「絆」などと耳に心地よい言葉を言いながら、裏で復興資金に当てられた税金を横取りしようとする政治家・官僚は止めねばなりません。

その為にも、みなさんの署名が必要なのです。

よろしくおねがいします。
[PR]
by nanaironosora-k | 2012-05-19 02:00