なな色の空 nanaironos.exblog.jp

自然も人も共に奏であい、素敵な空色になりますように・・。


by kanae
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2013、3、11 の思い

3、11の大震災からもうすぐ2年。

震災の日、私は、福島市の友人宅にいた。
ゴーっという地響き、立ってはいられない 激しい揺れ・・・。
TⅤ、たな、冷蔵庫・・・
いろいろなものが 次々に倒れ、落ち、壊れていく。
「こわいよー、こわいよー」幼いわが子たちは泣きさけんだ。
子どもたちに 毛布をかぶせ抱きよせた。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」って言って・・・。
それでも 揺れがおさまらず 余震が続く・・。
家が ガタガタガターと音をたて、家が崩れそうに 激しく揺れた。
「あーあ・・・もしかしたら このまま死んでしまうのかもしれない。」死を覚悟した。
でも 子どもたちだけは守ってあげたい・・・そう思い、子どもの頭をかかえた。

少し揺れがおさまり 外をみると、道路はひび割れ、
ブロックベイは崩れおち、車がこわれ、窓ガラスが割れていた。
家の中が散乱して、足の踏み場がなかった。
しばらくして、TVをつけ、地震の情報を集めていたら、津波の映像だった・・・
「えー!」目を疑った。慣れ親しんだ家から40分くらいの海が、
まるで映画のシーンなんじゃないかと思うくらい、信じられない勢いの津波。
家も、車も、人も、なにもかも のみ込んでゆく・・・。
信じられなかった・・・
信じたくなかった・・・。
ものすごい不安におそわれた・・・。
なお続く余震・・・。
恐怖の連続・・・。

そうして、夜10時頃、友人が言った・・・。
「原発があぶない・・・
このままここにいて、もし、チェルノブイリのような事になれば、即死かもしれない。」
「だから、今すぐ逃げて!!」
「できたら、名古屋からむこうに!!」
私は信じられなかった。いったい何が起きているの?
疲れ果てた私は・・・さらに頭が真っ白になったが・・・
とにかく、ここを出よう・・・家に帰ろう・・・
小さな3人をかかえておそるおそる雪道の中、家に帰った・・・

家は、停電で真っ暗だった・・・
夫に伝え、30分後に、家を出ることに決めた・・・
ガソリンはどこも閉まり、わずかしかないが、できるだけ遠くへ。
生後11カ月の子をおぶり、真っ暗の中、
ライターの わずかな火をたよりにあわてて、
とりあえずの子どものおむつと服、水と食量を手探りで詰め、家を出た・・・。


避難の途中、吹雪・・・。
外に出ると足が冷たかった・・・。
私はサンダルだった。あわてていて、靴も、服も、
自分の物は、持ち出すことが出来なかった・・・。


あれから2年、家には大量の放射能が降り注ぎ、
1度も家には、帰っていない。
家の中のものも汚染され、持ち出しが出来ない・・・。

子どもが言う。
あの日、サンタさんがくれた おもちゃは?
あの日、おばあちゃんが買ってくれた、ピンクの洋服は?
みんな、一人一人にとって、思い出も全部、置いてきている・・・。

なんて、かなしい現実・・・。
私は知っている。専門家じゃないけれど、母として。
放射能が降り注がれてしまった我が家には、もう帰れないことを・・・。
いくら国が、帰村宣言しても、大切な子どもを、心の底から、
笑顔で 自由に遊ばせてあげられないことを。
自然を汚してしまった おろかな私たち 人間たち。
どんなに除染しても・・・
汚染された土も木も、どこにも行き場所がない・・・。
やがて、水となって流れ、めぐり めぐって私たちの体に、汚染された水は帰ってくる。
この悲しみ、この不安を、この恐怖を、この怒りを、いったい どこにぶつけたらいいの?
どれだけの子どもたちを、福島の汚染地帯に置き去りにして、苦しめ続けたらいいの?
誰も、責任を問わない。
原発事故が、どうして犯罪でないの?
これだけの事が起きて、苦痛の中、自殺された方がいる・・・。
ストレスで、亡くなられた方が多くいるというのに、
こんなことが起きて、福島は、いまも放射能が出続けて、なにも解決していない・・・。

3、11から、何1つ、私たちの村は、変わっていない現実があるのに・・・
どうして終息宣言なんていえるの?
どうして、原発推進なんていえるの?
おかしいよ!!
おかしいでしょ!!




私たちは、いったい なんのために、こんな目にあったというの?
今もなお、帰ることが出来ないで、避難して 苦しんでいる多くの人がいるのに、
推進だなんて、こんなんじゃ私たちは報われない・・・。

お金なんていらない、補償なんていらないから、
3、11以前の元の暮らしを返して!!
村人たちの笑顔をかえして!!
清らかな水、澄んだ空、豊かな大地をかえして!!

村人たちは、みんなみんな、自分の食べ物は 
自分で育てていた。
本当の豊かさは、ていねいに生きること。

あるものを生かして、いきることを知っていた。
水も、空気も、大地も、お米も、お野菜も、
豊かな自然がなければ育たないということを、
忘れないでほしい。

私たち人間は、そうした自然に生かされて、
はじめて生きてゆけるんだってこと。


もう1度、ちゃんと思い出してほしい。
本当に大切なものは、何かって事を、
一人一人が考えてほしい。
福島でおきた この現実は、
いつ 自分のところにやってくるかもしれません。
一人一人の考え方、暮らし方を問い直しせず、
大量消費の、このお金中心の、
生き方を選択するならば
また、同じ過ちを繰り返すことになるだろうと、
私は思います。
 
どうか東北のことを、福島のことを忘れないで下さい。
いつまでも、つながる心を持ち続けていて下さい。
                  おねがいします


2013,3,11

なな色の空  村上日苗
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by nanaironosora-k | 2013-03-28 21:18 | 日苗のおもい